なぜSNSでは「指摘」が攻撃に変わるのか|心理学から考える承認欲求と正義感

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SNSでの誹謗中傷は、もう何年も前から問題になっています。
それでも、なかなかなくなりません。 しかも最近は、大きな不祥事だけではありません。 ちょっとした言い間違いや、考え方の違い、昔の発言との矛盾などを見つけて、強い言葉で批判する人もいます。 「間違っているから指摘しただけ」本人は、そう思っているかもしれません。 でも、その「指摘」は、本当に指摘なのでしょうか。
今回は、SNSでなぜ「指摘」が「攻撃」に変わってしまうのかを、心理学の視点から考えてみます。

「間違いを指摘すること」と「人を攻撃すること」は違う

まず整理しておきたいのは、間違いを指摘すること自体は悪いことではないということです。
たとえば、「この数字は違います。正しくは○○です」これは普通の指摘です。
ところが、「こんなことも知らないの?」「この人は本当に常識がない」「前から嫌いだった」となると、話が変わってきます。 いつの間にか、問題になっていた内容ではなく、その人自身を攻撃しているからです。 SNSでは、この境界線がとても曖昧になりやすいのです。

なぜ人は、わざわざSNSで批判するのか

その理由の一つとして考えられるのが、承認欲求です。 人には、自分の考えを認めてもらいたい、周囲から評価されたいという気持ちがあります。 これは決して悪い感情ではありません。
ところがSNSでは、「この人、おかしくない?」と投稿すると、「分かる」「よく言ってくれた」「自分もそう思う」と反応が返ってくることがあります。

すると、人を批判する → 共感が集まる → 自分が認められた気持ちになるという流れができてしまいます。 本人は「正しいことを言っているだけ」のつもりでも、知らないうちに「もっと反応がほしい」という気持ちが加わることもあるのです。

「自分は正しい」という気持ちも危ない

もう一つ大きいのが、正義感です。 誰かが明らかに間違ったことをしていれば、「それはおかしい」と感じるのは自然です。 心理学では、こうした感情を道徳的憤りと呼ぶことがあります。

問題は、この気持ちが強くなりすぎたときです。
最初は、「その行動は間違っている」だったはずなのに、「間違ったことをした人だから、何を言ってもいい」に変わってしまうことがあります。

ここが怖いところです。 悪意を持って攻撃しているなら、本人にも多少の罪悪感があるかもしれません。 しかし、「自分は正しいことをしている」と思っている人は、自分でブレーキをかけにくいのです。

みんなで叩くと、さらに過激になる

SNSでは、一人の批判に別の人が加わります。
最初は、「ちょっと問題だね」程度だったものが、「ひどい」「許せない」「こんな人は表に出るべきではない」と、だんだん強くなっていくことがあります。 心理学では、似た考えを持つ人同士が集まることで、意見がより極端になる現象を集団極性化といいます。

SNSは、同じ意見の人が集まりやすい場所です。 そのため、一人なら言わなかったような強い言葉まで使ってしまうことがあります。 さらに、画面の向こうにいる相手の表情は見えません。 対面なら、相手が傷ついた顔を見て「ちょっと言いすぎたかな」と思う場面でも、SNSではそのブレーキが働きにくいのです。

一番怖いのは「悪意のない攻撃」

SNSの攻撃で怖いのは、攻撃している本人に悪意がない場合です。
「間違いを正している」「みんなのために言っている」「自分は正しいことをしている」そう思っているからこそ、止まりにくくなります。 しかも、承認欲求や集団心理まで加わると、自分でも気づかないうちに言葉が強くなっていきます。

これは、特別に性格の悪い人だけに起こる話ではありません。 私たち誰にでも起こる可能性があります。 だからこそ、SNSで誰かを指摘したくなったとき、一度だけ考えてみる必要があるのではないでしょうか。

「私は間違いを指摘しているのか。それとも、この人を攻撃したくなっているのか」
この二つは似ているようで、まったく違います。

SNSから批判そのものがなくなることは、おそらくありません。 ただ、自分の中にある承認欲求や正義感に気づくことができれば、必要以上に誰かを傷つける言葉は、少し減らせるのではないでしょうか。

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