文学賞の世界で、これまでとは少し違うことが起きています。 2026年5月、早川書房の「第14回ハヤカワSFコンテスト」の一次選考結果が発表されました。 応募総数は1012作品、初めて1000作品を超え、一次選考を通過したのは46作品でした。 応募が増えること自体は悪いことではありません。 小説を書く人が増えたのであれば、むしろ喜ばしいことでしょう。
ただ、今回注目されているのが生成AIの存在です。
AIを使えば小説を大量に作れる
ChatGPTなどの生成AIを使えば、アイデア出し、構成づくり、文章作成、推敲まで、創作のさまざまな場面を効率化できます。 実際、作家の葦沢かもめさんは2021年、「日経」星新一賞に向けて、AIを利用しながら3週間で100篇の小説を制作・応募しました。 その中のAIを一部利用した作品が、一般部門優秀賞に選ばれています。 ここで、「AIを使って小説を書くこと自体が問題なの?」と思うかもしれません。 私は、問題の本質はそこではないと思います。
本当の問題は大量生産できること
これまで小説を書くには、それなりの時間が必要でした。 一人が何週間、何か月とかけて一つの作品を書く。文学賞も、基本的にはそうした世界を前提に作られてきました。 ところがAIを使えば、一人で何作品も短期間に作れるようになります。 たとえば100人が1作品ずつ応募すれば100作品です。
しかし100人が10作品ずつ応募すれば1000作品になります。
ここで問題になるのが、「書く側はAIで高速化できても、読む側は同じようには高速化できない」ということです。 応募者は短時間で作品を作れても、審査する人は内容を読み、理解し、他の作品と比較しなければなりません。 つまり「作るコスト」は大きく下がったのに、「選ぶコスト」はあまり下がっていない。 ここに文学賞の大きな課題があります。
それならAI作品を禁止すればいい?
では「生成AIを使った作品は禁止」とすれば解決するのでしょうか。
これも簡単ではありません。 完成した文章だけを見て、「これは人間が書いた」「これはAIが書いた」と確実に判別することは難しいからです。 さらにAIの使い方にも差があります。 アイデア出しだけに使う人もいれば、誤字脱字のチェックに使う人もいます。 文章の一部を書かせる人もいれば、かなりの部分をAIに生成させる人もいるでしょう。 これらをすべて同じ「AI使用」と考えてよいのかという問題もあります。
つまりこれからは、「AIを使ったか、使っていないか」だけでは線を引きにくくなるということです。
主催者側もルールを変え始めている
実際、主催者側も対応を始めています。 第15回ハヤカワSFコンテストでは、生成AIを利用した場合、具体的な使用方法を明記することが求められています。 さらに、選考の途中でプロンプトの入出力など制作過程の提示を求める可能性があるため、履歴を保存しておくことも求めています。
これは非常に興味深い変化です。
つまり、「AIを禁止して使った人を見つける」のではなく、「AIを使うことも前提にして、どう使ったのか説明してもらう」という方向へ動いているわけです。
今後は、応募できる作品数の制限やAI使用の申告、制作履歴の保存など、新しいルールが増えていくのかもしれません。
AIで100作品作れたら100作品応募していいのか
そして、応募する側にも考えるべきことがあります。 AIを使えば100作品作れる。 だから100作品応募する。 ルール上可能なら、それでよいのでしょうか。
作品の向こう側には、必ず読む人がいます。 文学賞なら審査員、学校のレポートなら先生、仕事の企画書なら上司や取引先です。 AI時代には、「作れるかどうか」だけではなく、「それを相手に渡すべきか」まで考えることが必要になるのではないでしょうか。
100作品作れることと、100作品提出することは同じではありません。
AI時代に必要なのは「選ぶ力」
生成AIによって、小説を書くハードルは確実に下がりました。
これは悪いことばかりではありません。 これまで文章を書くことが苦手だった人でも、自分のアイデアを作品にできる可能性が広がります。 一方で、誰でも大量に作品を作れるようになれば、これまでの文学賞の仕組みでは対応できなくなるかもしれません。
そしてこれは文学だけの問題ではありません。 文章、画像、動画、音楽、プログラム。
AIによって、さまざまなものを大量に作れる時代になっています。
だからこそ重要になるのは、何を作るか、何を残すか、そして何を人に見せるか
AI時代に問われるのは、単なる「作る力」だけではありません。 大量に作れるものの中から、自分で選び、その結果に責任を持つ力。 それもこれからの創作に必要な力なのではないでしょうか。


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