生成AIを使えば、文章や画像だけでなく「声」まで作れる時代になりました。
では、その声が有名人にそっくりだったらどうでしょう。
本人の許可なく、その声を使って動画を作り、再生数を集めた場合、問題になるのでしょうか。
この「AI時代の声の権利」を考えるうえで注目されたのが、声優・俳優の津田健次郎さんをめぐる裁判です。
津田健次郎さんに似たAI音声が動画に

TikTokでは、2024年7月から2025年9月にかけて、津田健次郎さんの声に似たナレーションを使った動画が188本投稿されていました。 都市伝説や雑学などを紹介する動画で、コメント欄には「津田健次郎の声に似ている」といった書き込みもありました。
津田さん側は、自分の声に似た音声を使って視聴者を集めているとして、TikTok側に動画の削除を求めました。 興味深いのは、そのAI音声の作り方です。 投稿者側の説明では、津田さん本人の声をAIに学習させたのではなく、津田さんの声真似が得意な人の声をAIに学習させたとされていました。
つまり、声真似をする人 ➾ AIに学習 ➾ 津田さんに似た声という形です。
ここで疑問が生まれます。
本人の声を直接使っていなければ、本人そっくりのAI音声を自由に使っていいのでしょうか。
裁判所は「声も人格の象徴」と判断
2026年9月30日、東京地裁は重要な考え方を示しました。
人の声は、顔や姿と同じように「個人の人格を象徴するもの」であり、有名人の声が持つ集客力を利用する目的で無断使用した場合には、パブリシティー権の侵害になり得るとしたのです。
ここで登場するのが「パブリシティー権」です。
肖像権は、簡単に言えば、「自分の顔や姿を勝手に使われたくない」という人格やプライバシーを守る権利です。
一方、パブリシティー権は、有名人の名前や顔、声などが持つ「人を引きつける力」を勝手に商売などに利用されない権利です。
たとえば、「この声だから動画を見よう」と思わせる力も、有名な声優にとっては価値の一つです。
今回の裁判では、「声にもその価値がある場合がある」という考え方が示されました。
「似ている声」なら全部アウト?
ただし、有名人に似たAI音声を作ったら、すべて違法というわけではありません。 声真似やパロディーなのか、本人だと誤解させる使い方なのか、広告や集客目的で使ったのかなどによって判断は変わります。
重要なのは、「どれだけ似ているか」だけでなく、「何のために使ったのか」という点です。
「請求棄却」なら津田さんが負けた?

今回のニュースで少し分かりにくいのがここです。
判決では、津田さん側の請求は「棄却」されました。
これだけ見ると、「AI音声の使用は問題なかったのでは?」と思ってしまいます。
しかし、そうではありません。 津田さん側が求めていたのは動画の削除でしたが、判決が出る前にアカウントや動画はすでに削除されていました。 つまり、「削除してください」と求めていたものが、すでになくなっていたため、裁判所は削除を命じる必要がないと判断したのです。
そのため、請求棄却=AI音声の使用は問題なしという意味ではありません。 また今回、188本の動画そのものが実際にパブリシティー権を侵害していたかどうかまでは判断されていません。
AIで「作れる」と「使っていい」は別
生成AIによって、本人が一度も話していない言葉を、本人そっくりの声で話させることができるようになりました。 今後は声だけでなく、顔、表情、話し方、歌い方、動きまで、AIで再現できるようになるでしょう。
だからこそ大切なのは、AIで作れることと、それを自由に使ってよいことは別という考え方です。
今回の裁判は、「AI音声なら何でも違法」と決めたものではありません。
しかし、「声も、その人を象徴する大切な価値になり得る」という考え方を裁判所が示した点には大きな意味があります。 AIで誰かにそっくりなものを作れる時代だからこそ、
「これは誰の価値を利用しているのか」を考える必要が、これまで以上に高まっていきそうです。


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